ザスパ草津
2009年高田保則着用。
2ndの長袖は、現役最後の平塚競技場での試合で着用か?
と思うと感慨深い。
横浜フリューゲルス
1993年頃のカップ戦で着用されたユニフォーム。
ホームの7番には反町(現湘南監督)のサイン入り。
でも実は色々な資料を調べると、当時反町選手の着用の可能性があるのは
5番のユニフォームだったりします。7番は当時の外国人が付けてるコトが多く、
ナビスコで一試合だけ反町さんが5番を着用。
流動性番号制だったので、このヘンは誰が着たのか妄想すると楽しい。
4番は主に元代表の大嶽選手。当時山口素弘選手は主に6番を付けてます
(モネール加入後に5を選択)。当時のレプリカにはスポンサーは入ってませんでした。

誰もが涙した、1999年の天皇杯優勝、そして消滅。
右袖にはスカイブルーのリボンが縫いつけてあります。24番は氏家選手。
選手用の生地にはエンブレムのすかしがあります。
横浜FC
チーム初年度選手着用品。
元ベルマーレの公文選手
横浜マリノス・横浜Fマリノス
元日本代表・松永選手着用品。1993年モデル。
このモデルは1993年から95年まで使われていましたが、
Jワッペンと2002年ワッペンが付いているのは95年
(96年はチャンピオンパッチ)。
川口選手のデビューイヤーです。1番は川口着用かも・・・???
1番と16番で素材が違います。1番は夏場用の薄手の物。
16番は冬場用の厚手の物。よーく観ると生地の質感の違いが解るはず。

 
2002年10thモデルの2nd。
井原からマリノスの4番を引き継いだのは波戸選手。
当時はアウェイ、3rdの長袖は未発売。
袖にはもちろん薔薇ワッペン。
「横浜市が選手に敬意を表して送られた薔薇」
と言うコトで選手支給品のみの印だったのが、
近年NIKEに変わってからは市販品にも付くように・・・

 
同じく2002年10thモデル。珍しい3rdの長袖。選手への支給枚数も少なかった。
2001年の物から袖のスポンサーワッペンを外し、
胸に10thAnniversaryのマーキングをして翌年に同じ物を継続させた。
この時の2番は、このシーズン以降もサポーターに愛されたドゥトラ。
最初は2番だったんですねぇー・・・

 
頂き物なのでレプリカか支給品かわかりません。
横浜開港150周年ユニフォームです。

*レプリカでした。ナミさん、浜野屋さん判別方教えていただきありがとうございました!

ヴェルディ川崎・東京ヴェルディ1969
Jリーグ初代王者・ヴェルディ川崎。1993年モデル。
1996年ヴェルディ川崎。
リーグでの見所は前年セリエAから復帰した三浦知良選手の得点王争いくらいだった。
1996年はタイトル争いから脱落も、天皇杯を優勝し無冠を逃れる。
しかし、ここから長い低迷期に・・・
カップ戦サプライヤーは長くPUMAでしたが公式戦で使用せず
(プレシーズン等では使っているのですが・・・)
なぜか前年度までの前モデルを使用。
当時、唯一2002年ワッペンを付けていませんでした。

1997年モデル。
サプライヤーはナイキでしたが、Jリーグと使用契約が出来ておらず
メーカーマーク無しのモデルを使用。


2000年モデル。13番は石塚選手。
川崎から東京へ移転が決定した為、川崎ラストイヤーモデル。

天皇杯優勝!久々のタイトル獲得

アジアCLモデル。
当時はJ2。ワッペンの裏にはお守り?のシートが圧着されてます。
 
2008年サイテライト&練習試合用。
公式戦用と違いネーム無し。普通に格好良い。
 
同じく、2009年サテ&練習試合用。レプリカと素材が全然違います。
ホームの7番を練習参加してたヒデ(中田英寿)が着たんですよねぇ。

 
2010年公式戦用。やはりレプリカと素材、サイズ共に違い、
胸のゼビオもレプリカ用の追加マーキングと素材が違います
(レプリカ加工用は通常のラバーマーク、選手用は塗り込み素材)。
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